さくらぎ瀞がわかる範囲の(スリランカの)テーラワーダの教え

スダンマ長老の弟子(在家)がつぶやいてみる。(只今休止中です)

一時出家修道会に思う

 私はスマナサーラ長老を大変尊敬している。実にすさまじい方だ。しかし今回はその長老に意見したい。

 

 長老が長年待ち望んでいた一時出家会が開催され、それに対して私も感無量だったことは以前こちらに書いた。

sakuragi-theravada.hatenablog.jp

 私の師匠であるスダンマ長老も、この一時出家修道会にスマナサーラ長老から招かれた。これには実はスダンマ長老ご自身も驚いていた。と同時に、喜んでいた。

 私も嬉しかった。スダンマ長老は戒律の専門家で律(ウィナヤ)に詳しく、したがって伝統的なしきたりに実にお詳しい。これはスリランカでも貴重な存在らしく、よく本国の儀式・法要のために呼び戻されている。

 スダンマ長老が関わるということは、スマナサーラ長老も伝統的なやり方でやりたい、ということだ。

 私の正直なところを言うと、スマナサーラ長老は伝統的なテーラワーダのやり方とはやや違うことをなさることが多いので、今回の一時出家修道会もそうなるのではないか、と思っていた。なかなかガチガチな正統テーラワーダのやり方では日本や西洋世界では受け入れられないので、そこは私も方便が必要だと身に染みて感じている。

 さて先の一時出家修道会にはお二人の沙弥の方が出家されることは事前に聞いていた。この日本で、テーラワーダと言えば「日本テーラワーダ仏教協会」とされる代表的なところで、一時出家会が開かれ、そこで沙弥の方が二人も誕生する。私は本当に嬉しかった。

 マーヤーデーヴィー精舎のfacebookに前日から準備の写真が出ていたので、今か今かとドキドキしたのをありありと思い出せる。

 が、「11名の比丘出家」という記述を見てびっくりした。一時出家でいきなり比丘出家など聞いたことがない。通常沙弥出家だ。特に今回の場合などこれまでまったく出家したことがない人ばかりだと思うので、なおさらだ。

 テーラワーダの国でも一時出家はあるが、普通どんなに年配の人が出家しても二、三か月は沙弥としてすごし、比丘としての心得を体得していただく。出家というのは在家とは全く別のもので、経験者ならともかくも経験したことのない人がいきなりできるものではない。ただ衣を着れば出家になるのではない。これは一般に言われることではないが、あの衣はarahaṃ dhajaggaと言って大変特別なものだ。生半可な覚悟で袖を通せるものではない。

 ちなみにあの衣については、「ある精舎に入って出家の衣を着る。そしてそのまま歩いて行って精舎を出る時にその衣を脱ぐ。しかしその短い間だけでも衣を着ることができた、というのはそういう(善い)業を持っている、ということ」と言われる。

 

 一時出家修道会の話に戻ろう。今回のことについては方便としてわからないでもない。仏教協会で初めて一時出家会として開催された。そこで出家される方も、「沙弥でです」といわれたら「なんだよ、沙弥かよ」となりかねないし、サポートする在家の方もやっぱり「沙弥じゃあなあ」と熱が入らなかったかもしれない。

 しかし一時出家でいきなり比丘出家というのはさすがにどうなのかと思いスダンマ長老に後で聞いたところ、やはり修道会に参加された他の長老方も比丘出家には反対されたそうだ。

 そこで今回は、私の分かる範囲で、出家について書きたいと思う。

出家とは

 アビダンマを勉強された方ならわかると思うが、出家は人間界にしかない。天界にも、梵天界にも、無色界梵天に至るまで、出家は存在しない。

 経典に、あ、いや、注釈書だったか(うわ、いい加減だ(汗))、人間の時に出家だった人が天界に生まれ変わったが自分は出家だと思い込み続け、そのため周りも迷惑して困っていたが、知恵のある人(天界の生命)が鏡を持ってきてその人の前に「ばん!」と立て、そらどうだ!と言ったら本人はびっくり仰天し、自分が出家でないことを認めた、という話がある。天界の生命になった時点で人間界の時とは容貌が変わっていたのだろう。

 ここからわかる話は、天界、もしかしたら梵天界にも(無色界梵天はこちらからどころかお互いにコミュニケーションが取れないから除外)自分が出家だと勘違いしている生命はいるのだろう、ということだ(笑)。

 

 さて出家とは、沙弥、沙弥尼からだ。沙弥、沙弥尼から比丘サンガだ。そして、比丘サンガは年功序列であり、聖なる立場であるかどうかも関係がない。道徳的には関係があるが、決まりとしては関係がない。阿羅漢であろうが一日でも出家した日が長い比丘の方が序列が上だ。

 そして、比丘サンガでは沙弥尼、その上が比丘尼、そして100年出家した比丘尼よりも、今日出家した沙弥が上、そしてその上が比丘、だ。これは男女差別ではない。お釈迦様が決められたことだ。これが嫌なら別にテーラワーダで出家する必要はない。在家から見たらどれも出家だから関係がない。

 在家が阿羅漢になると、教義上一週間しか生きられないが(恐らく人間界で、だろう。厳密には知らん(逃))、その阿羅漢よりも、今日出家した沙弥尼が立場は上だ。

 

 先ほど天界には出家がない、と言った。神々は全員在家、ということだ。ということは、テーラワーダの教義上神々よりも出家は立場が上だ。現にテーラワーダの国々では、出家は神々に礼拝しない。日本でお坊様が神社で手を合わせているのを見たことのある人がいると思うが、あれは文化的な話であって、あそこで頑として参拝しない、というのが果たしていいことなのかどうかはわかってもらえることと思う。

 ちなみに厳密に言うと、テーラワーダのお坊様は誕生仏にも礼拝しない。悟っていないからだ。まあここら辺は原理上、というくらいの話だけれども。

 であるから、テーラワーダ仏教徒である神々は、出家に礼拝する。たとえ神々が阿羅漢であっても、今日出家した沙弥尼、沙弥に礼拝する。まあしきたりを知らない神々もいるかもしれないし、もちろん邪見の神々もいる。それは人間界と同じだ。

 

 桑名にアミタ師がいらっしゃる。子供の頃から出家したかったそうだが親の許可が出なかった。二十歳の時に出家されたそうで、海外(韓国)にいらっしゃる期間が長かったため出家式(宗派の出家式は年に一度)に出られなかった。そのため沙弥でいる期間が長かった。しかしアミタ・バンテーは素晴らしいお坊様だ。別に沙弥でいた期間が長いからすごくない、ということではない。逆にスリランカ人に聞くと、ろくでもない比丘もいる、とのことだ。ちなみにこのアミタ・バンテー、私がお会いしたお坊様の中でもっとも怖いと感じるお坊様だ。

 テーラワーダ文化では両親を大変尊敬するが、子供が出家すると立場としては逆になってしまう。いくら仏教徒といえども、子の出家を許した親であろうともこれについては受け入れられない親もいるそうで、言葉遣いや礼儀など、そこらへんはまあテーラワーダの国々でも色々あるようではある。


 在家と出家の立場の違いはわかっていただけたと思う。しかし難しいのはここからだ。

 在家は、出家に対して尊敬、礼拝はするが、じゃあだからといって絶対服従なのか、というと、それは違う。絶対的に違う。

 そもそも信saddhāというのはお釈迦様に対しての信だ。特定のお坊様に対してのものではない。スマナサーラ長老に対してでもないし、マハーシ長老に対してでもないし、パオ・セヤドーに対してのものでもない。お釈迦様に対して信があるから、そのお釈迦様が教えを後世に伝えるために作られた比丘サンガに属する出家に対して在家は礼拝、尊敬するのであって、特定のお坊様にだけ特別な礼拝、尊敬を向ける、というのはテーラワーダ仏教的な態度ではない。

 もちろん、現実問題馴染みのあるお坊様には親しく感じるし、すごい説法をされていれば特別な尊敬の気持ちが生まれるし、個人的に尊敬するお坊様も出てくる。嫌いなお坊様も出てくるかもしれない。そのことには問題はない。ただ、個人的にある特定のお坊様を信仰する、というのは問題がある、ということだ。これは有名なお坊様なら一度はどこかで言っていると思う。

 私は半人前かもしれないがテーラワーダ仏教徒を自認している。そんな私だが、師匠であるスダンマ長老とやりあっているところを見たことがあるという方もいるだろう。師匠を大変尊敬しているが、納得できない時には食ってかかる。

 お坊様同士でも、年功序列が絶対だといっても、日本の先輩、後輩とか上司と部下、という関係のイメージとはちょっと違うかもしれない。若いお坊様が年配のお坊様にじゃれかかっているところを何度も見ているし、お坊様同士が険悪な雰囲気になっているところに居合わせたこともある。しかし、その直後でも例えば夕方の読経の後に出家の年の若いお坊様が年長のお坊様に向かって懺悔、回向礼拝するし、そういった礼儀はきちんとしている。さすがにそこがおかしいお坊様は私は見たことがない。

 そういった、きちんとすべきところと、逆にゆるくていいところというのは、日本でイメージする出家とはだいぶ違うと思う。そういうこともあって、「比丘」というのはそれだけ重いものであるのだから、そこまでとは言わなくても色々な意味である程度は馴染んでからなるべきものであって、いくら師匠の許可があるからといって一時出家でいきなり比丘出家というのはいかがなものか、と言わざるを得ない、ということだ。